2007 USオープン国際空手道選手権大会 旅日記

和道会錬空館支部
津田公子

日程6日目:4月10日

帰途へ

部屋に帰ったのが午前1時を過ぎており、このまま寝てしまっては4時の集合に間に合わないと思いベッドには入らずに残りの荷物のパッキングを行いました。海外旅行はどこへ行っても帰る際には寂寥感がただようものです。食事にたたられてすっかり痩せてしまいましたが、窓の外のネオンとお別れするかと思うとちょっぴり寂しい気持ちでした。そして寂しさのために?帰りの集合時間を30分間違えてしまい、ホテルの玄関に行ったときには皆さんすでにバスに乗り込んだ後で、冷や汗をかくやら、また西村先生に叱られるやらで散々でした。「津田は世界が自分のために回っていると思っているからな」と図星の指摘をされ返す言葉がありませんでした。皆さん、ご迷惑をおかけして済みませんでした。それでも何とか帰りの飛行機の時間に間に合い、帰途に着くことが出来、胸をなでおろした次第です。

しかし、ここでまたひとつのアクシデントが発生しました。マッカラン国際空港で飛行機搭乗のためのsecurity checkを受けるのですが、チェックには通っているはずなのに搭乗券に確認のスタンプが押されていない選手があり、サンフランシスコ行きの飛行機に乗せてもらえませんでした。これは明らかに空港側の手落ちと思いますが、かわいそうな彼はいっしょに残ってくださった奥園キャプテンと次の便でサンフランシスコに到着し、成田への飛行機には何とか間に合いました。

乾いたラスベガスと比較して、サンフランシスコは緑が多く、飛行機の窓からはGolden gate bridgeを見ることができました。これで、アメリカともお別れです。そしてANA7便の中はもう日本です。久々に普通に日本語が聞けた安心感から疲れが一気にでたのでしょうか皆さん飛行機に乗ったとたんぐっすりお休みでした。私は前日に一日中寝ていたせいか、あまり眠くはありませんでした。そして、日本人向けに味付けされた機内食に非常に感動し数時間前まで戦っていた食欲不振と嘔気からここでやっと開放されました。普段なら「やっぱり機内食はいまひとつよね」と生意気なことを言っているのですが、そばを口にしたときは涙が出そうになり「全日空様ありがとう」と心の中で手を合わせていました。

飛行機は成田空港に到着し、解団式を済ませて長いようであっという間に過ぎてしまった全日程が終了し、ここで皆さんともお別れです。いろいろなトラブルに見舞われましたが、終わってみれば素晴らしい数日間でした。

最後にもうひとつ。この日は全日空のストライキがあり、なんと私たちの乗る米子行き最終便がストの対象便になっていました。したがって、このひとつ前の便に間に合わなければ羽田泊まりになってしまいます。移動の時間はぎりぎりということでした。成田から羽田に向かうリムジンバスの中で走りたい気分でしたが、幸い平日の5時前であったことから道路の渋滞もなく、余裕で一つ前の便に間に合い、米子の地に降り立つことができました。